2015年08月08日

F1ジュール・ビアンキの死亡事故

800px-Jules_Bianchi_2014.jpg 最近は、あまりF1を見ていない。いや、まずはF1関連ウェブサイトで結果を見てから、面白そうなシーンや、問題のピットインのシーン、事故のシーンなどを手動早送りハイライトで見る、という、生粋のF1ファンが一番やってはいけない見方をしている。

 理由としては、時間がないからではなく、レギュレーションが政治的に決まっていく現状に飽きてきたことなどもあって、やはり電気自動車レースFormula Eファンに寝返ろうかという思いがくすぶり続けているからである。それから、長年F1ファンをやっていると、いざというときに、どのドライバーがどういうことになったかについての全貌がハイライトだけを見ただけで分かるということもあるかもしれない。

 そんな中、昨年の鈴鹿の決勝レース中に、別のマシン(スーティルのザウバーのマシン)を撤去中だった重機(ホイールローダー)に激突して昏睡状態に陥っていたジュール・ビアンキ(マルシャ)が、7月17日に帰らぬ人となってしまい、いつかは本当にフェラーリに移籍していたかもしれないこの有能ドライバーの死にも、色々と思うところはあるのである。

 レースウィーク中のF1ドライバーの死亡事故としては、1994年サンマリノGPでのアイルトン・セナ、ローランド・ラッツェンバーガーの死亡事故以来21年ぶりである。

 それが日本、鈴鹿で起きたことに、何らかの意味深長な追求をしてしまいそうな雰囲気は、当初、海外のファンの間でも、あるにはあったが(以前書いた以下のブログ記事もご参照)、サーキットの構造や安全性、コースマーシャルの行動に特に問題はなく(個人的にも、鈴鹿は総合的に見て世界最良のサーキットの一つだと思う)、三重県立総合医療センターの医療チームも、転院先のニース大学付属病院の医療チームも全力を尽くし、当時のビアンキの速度やフラッグの解釈にも問題はなかったようで、結局のところ不運としか言いようがない事故なのである。

●ビアンキの無事を祈り、チェザリスの死を悼む
http://iwasaki-j-ict.sblo.jp/article/104270357.html

●ジュール・ビアンキの事故についての続報
http://iwasaki-j-ict.sblo.jp/article/104298367.html

 さて、人の死に対する弔意・哀悼の意ということについて、余談だが、最近英語圏では「R.I.P」という表現が流行しているようだ。「Rest in peace」の略、つまり日本語では「ご冥福をお祈りいたします」に近いようである。ラテン語の「Requiescat in pace」から来ているらしく、英語だと頭文字が同じでよかったですね。

 早速、ビアンキに対して、同僚のドライバーたちも(小林可夢偉も含めて)この略語で弔意を表していた。

 しかし、日本人は人の生老病死に至るまで西洋世界のマネ事をするのが好きらしく、最近は、日本人が日本人に対して「誰それがお亡くなりになり、残念です。R.I.P」などと使っている例を見かける機会も増えている。

 キリスト教と仏教の違い、「Rest in peace」と「冥福」の違いも、どうでもよいと思ってゴチャ混ぜにして使っている点が、誠に日本人らしいと思っている。

 F1は、今でも西洋圏では、人によっては半ば貴族・紳士・白人のスポーツであると思っているケースもあり、身分・人種差別で人選が決まるようなことだってあるが、あちらの人々が自国民や他の欧州国民に対して「ゴメイフクヲオイノリシマス」などとゴチャ混ぜにして言うとは思えない。ゴチャ混ぜ体質というのは、良くも悪くも特筆すべき日本人の宗教観の表れであると思う。

 話がそれたが、ビアンキはビアンキで、自分が信じていたところに行けばいいと思うし、今頃セナやラッツェンバーガーとレースしていればいいなと思うのみである。


【画像出典・著作権情報】

●ジュール・ビアンキ(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%93%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AD
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/160675620

この記事へのトラックバック